清須 写真館

思い出がよみがえりました「写真館に頼んだ古い写真の復元」

我が家をリホームすることになり、家具から食器、洋服や小物に至るまで、いろいろなものを一時トランクルームに預けることになりました。親の代から30年近く暮らしていた家なので、リホーム自体もたいへんでしたが、荷物の整理の方もとてもエネルギーをつかいました。

処分するものとともに、何処にあったのか忘れていた、懐かしいもの、大切なものが次々にでてきます。書籍やCDなどはその度にそれらに夢中になってしまいます。さすがにレコードはプレイヤーが既になかったので再生タイムにはなりませんでしたが…そのなかで、最も夢中になったのは古い写真でした。

自分自身が撮ったなつかしい写真は云うに及ばず、そうじゃない写真を見ていてもいろいろな思いが交錯します。これ、何処で撮ったのだろう…誰が撮ったのだろう…この人だれだったっけ…父や母、祖父母、昔飼っていたペットが写った写真を目にした時などは、思わず涙を流してしまいました。

そんな話を友人に話していました。「ただね、懐かしい写真はいたんでいるものも多くてね…」と云いかけたところで友人が「古い写真やいたんだ写真は写真館で修復してくれるよ」と教えてくれました。思わずその場で、写真館に問い合わせてしまいました。色あせてしまったり、擦り切れたり、破れたてしまった写真まで直せるみたいです。白黒だった写真をカラーにリメイクすることだってできるそうです。そこは、愛知県名古屋市にある人気写真館さんでした。

トランクルームに預ける荷物に写真を入れるのは早速中止です。今度は修復する写真を選びだす作業が加わってしまいました。大切な思い出が再び蘇ってくれるのなら、どんなに忙しくなってもファイトがわきます。さりげなく、貴重な情報を教えてくれた友人に感謝です。

結婚式の撮影は写真館のカメラマンに頼んで正解だった

高校の頃から10年間、付き合っていた彼女と結婚することになりました。二人で家庭をもつこと自体は自然ななりゆきだったのですが、現実的な事柄をどうすすめるのか、一生に一度の記念をどのようにして演出するか、ということは結構頭を悩ませる問題でした。

長い付き合いなので、お互いのことや価値観はもちろん充分にわかっているのですが、あらためて話し合いというようなことになるとやっぱり、たいへんなことが多いです。結婚式自体は親しい友人だけを招いてパーティー形式で行うことにしました。10年間二人を暖かく見守ってくれた友人たちに謝意をあらわす場にしたかったのです。

そんな状況のなかで、当日の写真撮影についてはプロのカメラマンの方にお願いすることにしました。友人のなかには世話好きで、写真撮影、ビデオ撮影を喜んでやってくれる人もいると思うし、実際になんでも手伝うよ、と言ってくれは人もいるのですが、その言葉に甘えてしまうとおもてなしをするためにお呼びしたのにお仕事があるのはなんとなくしっくりしないところがありました。やはり当日は楽しむことだけに専念してもらいたかったのです。近所の写真館に相談したら、快く引き受けていただけました。

そして、その決断は大正解でした。カメラマンさんも私たちの気持ちを充分に汲んでくれました。出来上がった写真をみて、「主人公は」私達だけれど、「主賓」は友人みんな、という雰囲気が伝わってくる写真でした。一生に一度の記念は心のなかにも残るものになったし、形になって残るものにもなりました。

カルチャーセンター、写真教室の先生は街の写真館のご主人です

自分の世界をひろげたいな、と考えてカルチャーセンターに通うことにしました。はじめから何を学びたい、と思ってのことではありませんでしたが、俳句や料理など教室のリストのなかでふと、写真教室の紹介が目にとまりました。

カメラや写真というものには元々はあまり関心を持っていなかったのですが、教室で撮られた数々の紹介写真が私の気を引きました。色とりどりの花や日常の家族のなかのできごと、街角の風景写真など言葉を語らぬ写真が何かを語りかけているようでした。

教室は週に一回、お仕事をしている方も利用できるように土曜日に実施されていました。様々な年代の方が参加していました。私のように初心者もいれば、かなり年期の入った方もいらっしゃいます。でも、でも、技術の差は心配いりませんでした。その教室では何を伝えるかということをテーマに学ぶ機会が多かったのです。なので、みんなで撮った写真を見て何を感じるか、というディスカッションを良く行っていました。

そんな教室を主宰していたのが、街の写真館のご主人でした。とても気さくな方で、どんな写真にもいいところがある。どんな写真にもメッセージが込められている、というのが先生の言葉です。ものごとを見る視点がひろがりました。そして、そのためにまさに世界がひろがりました。カメラを購入すること自体は量販店でも大丈夫ですが、そのカメラをどう使うか、ということはこんな方に教えていただくことが大事だということでしょう。

もちろん、技術的なこともたくさん学ぶことができました。最新のデジカメから、古いカメラでの写真の撮り方…お陰様でブログ用の写真もとても奇麗に摂れるようになりました。そのブログがきっかけになって知り合いになった方もいますので、こちらの方でも世界がひろがりました。思い切って通ってみたおかげです。これからも楽しみにしています。

街の風景を綴った写真集=私の街の写真館のご主人の作品です

休日に散歩をしていたら偶然に商店街の写真館の前を通りかかりました。そのお店のショーウィンドーに飾られていた一枚の写真に何となく惹かれました。写真館のショーウィンドーに飾られた写真といえば、七五三や成人式などの記念写真が多かったりしますが、その写真はちょっと趣を異にしたものでした。

モノクロの風景写真です。思わず、足を止めて見入ってしまいました。何年前の写真なのでしょう。随分と昔の街の風景です。でも、なんとなく親近感を感じる写真でした。

何年かして、偶然また同じ写真に巡り合いました。街の図書館で「我が街の歴史」をテーマにした写真展が開催されていました。あの写真の他にも商店街の魚屋さんや八百屋さんとそのお客さんたち、小学校の運動会、路地裏のネコ…自分が子供の頃の世界がそこにありました。かわってしまったものもたくさんありましたが、かわらないものもありました。街のシンボルの清州城は昔から美しいお城だったんだ…

説明によると、この写真を撮ったのはあの写真館を経営されている方で、1950年代から街角の風景、人々の日常を撮り続けているそうです。そして、その数々の写真は写真集として刊行もされているとのことでした。その写真集はこの図書館にも所蔵されているとのことなので、早速貸出をお願いしたのですが、半年先まで予約が埋まっていました。

いてもたってもいられずに、図書館から件の写真館に直行しました。ご主人に事情を話し、もしこちらにもその写真集があるのなら、見せていただけないかとお願いをしました。もの静かなご主人は快く奥から数冊の写真集を持ってきてくれました。

時の経つのも忘れ、写真集に見入ってしまいました。ご主人はお茶まで出して持て成してくれました。「後世に伝えたいものは実は身の回りにたくさんあるんですよね」ご主人の言葉です。こんな活動をされている方もいらっしゃることを初めてしりました。

自分の日常生活ではあまり写真というものを意識していなかったのですが、今日を境にかわりそうです。

どーしても受かりたいオーデション用「写真館の人はさすがプロ」

小さい頃からアイドルになるのが夢でした。小学校の卒業文集にも、将来アイドルになるって書きました。声楽とダンスのレッスンもずっと続けています。お父さんもお母さんもこの夢を一緒になって応援してくれています。

高校生になったのを機会にお父さんとお母さんからオーデションに応募してもいい、というOKをもらいました。中学生の間、学校の成績が下がったら応募できない約束だったので一生懸命勉強しました。

オーデションのための書類の書き方もお母さんと考えながらやっています。経歴は普通に書けるのですが、自己PRと写真はどんなふうにするのか、たくさん考えました。

歌やダンスができるだけではダメだと思って、ちょっとでも興味がある読書とか映画鑑賞とか料理ができることも書くことにしました。でも、一般的になってもだめなので実際に読んだ本の題名も記入しておくことにしました。内容を少し忘れていることもあったので、もう一度読み返した本もあります。やっぱり書く以上はちゃんとしないとって思いました。

写真は履歴書に貼る写真とスナップ写真が2枚でした。「写真は第一印象だから特に大切」ってお父さんがアドバイスしてくれました。上手に撮れるかな、と思いましたが「大丈夫、写真館のスタジオで撮ろう」ってお父さんが言ってくれました。履歴書用の写真もスナップ写真もカメラマンさんがいろんなポーズでたくさん撮ってくれました。スタジオでこんなふうに撮影しているだけでも、少しアイドルになれたような気がしました。そのなかからお父さんとお母さんと私の三人で気に入った写真を選びました。どの写真もとてもよく撮れていたので、迷いました。さすがプロ、って感じです。

とりあえず応募書類ができました。お父さんとお母さんも一生懸命協力してくれたので、どーしても受かりたいです。最後は強い願いを込めて郵送しました。